萬谷さんは、「ルーマニア国際音楽コンクール」の第1回ピアノ部門第1位受賞者です。
日本ルーマニア音楽協会は、その時から異彩を放っていた彼女を応援し、見守ってきました。
現在はドイツを拠点に活躍の場を拡げる萬谷さん。その素顔と魅力に迫ります。
音楽との出会い
嶋田
ピアノのお稽古はどのような形で始まったのですか?
萬谷
母が色々な習い事をさせてくれたのですが、その中の一つです。最初は年の離れた従姉の下で手ほどきを受けました。
嶋田
その頃の萬谷さんはどんな少女だったのでしょうか?
萬谷
幼い頃は目立つことが大好きで仕切りたがり屋さん。一人で何役もやりたいという性格がピアノという楽器に合っていたのだと思います。
嶋田
音楽を表現する上で影響を受けたものなどはありますか?
萬谷
これまでに師事した先生方はもちろん、講習会などでロシア、イタリア、フランス、ドイツと各国のピアニストに接して様々なアドバイスをされたこと等、これまでに出会ったアーティストからは数え切れない程の影響を受けています。音楽以外では、絵画・写真やパフォーマンス、文学作品等からたくさんの刺激を受け続けています。
ルーマニアと私
嶋田
さて、「ルーマニア国際音楽コンクール」を知ったきっかけ、受けようと思った動機について教えて下さい。
萬谷
どこでチラシを見たのかは忘れましたが、第1回のコンクールで、しかも珍しい国がフューチャーされているということで興味をもったのがきっかけです。
嶋田
それより以前にルーマニアが世界に誇る作曲家ジョルジェ・エネスクの曲に出会っていたと聞きましたが。
萬谷
そうなのです。CDにも収録しているピアノ・ソナタ第3番は芸大時代に同じくルーマニア出身の名ピアニストであるディヌ・リパッティの古い録音をCD屋で偶然見つけました。目の覚めるようなリズム、色彩、ハーモニー・彼の演奏から飛び跳ねてくるものを追いかけようと聴くうちに、この曲を必ずレパートリーにしたいという気持ちが芽生えていたのです。
嶋田
それで、日本ルーマニア音楽協会からCDを出そうと思われたのですか?
萬谷
念願のエネスクのソナタを録音したので、是非、ルーマニアつながりで協会のお力をお借りしたいと思いました。
嶋田
2011年の秋はルーマニアでも演奏されましたが、どのような印象でしたか?
萬谷
首都のブカレスト他、シナイアのベレス城、ブルラドの美術館と3回演奏会がありました。自分のエネスクの演奏が聴衆の方々にどうやら受け入れられたらしい、という感触が得られたこと、また、リリースしたばかりのCDを初めて買っていただいたことも嬉しかったです。
嶋田
演奏会以外には何かありましたか?
萬谷
協会のコンクール入賞者に求められることは技術だけではなく、ルーマニアと交流出来る人材であるということも定着してきている、と聞いていますが、演奏旅行にも、ルーマニアの人々との交流の機会がたくさん組み込まれています。
その中でも、ブルラドの音楽高校を訪問した時にお会いした方々の、それぞれの仕事や立場に誇りと自信を持って生活している姿に感動しました。
その他は、ボリュームのある食事とワインの美味しさです(笑)
ドイツでの生活
嶋田
現在はドイツに住んでいらっしゃるとのことですが、いつから行かれているのですか?
萬谷
2007年から北ドイツのロストック音楽・演劇大学での留学が始まり、現在は、同大学の非常勤講師をつとめています。
嶋田
ロストックでの生活はいかがですか?
注) 記事掲載当時。2024年現在ベルリン在住
萬谷
大都会ではないので、忙しすぎず、落ち着いて生活することができます。
ドイツ特有のエコ、ゴミの細かな仕分け方法なども習得。週末はお店も閉まるので、時にはゆったり過ごし、リズム感のある日々を送っています。そのせいか、集中力がアップした気がします。
嶋田
そういえば、暮れ(2011年)にロストックでテレビ出演なさった時の放映をインターネット上で見ることが出来ましたが、海に面した穏やかな街の風景が流れていました。
それでは、外国で学ぶことと、日本で学ぶことの大きな違いは何ですか?
萬谷
自分の主張や信念をはっきりと口に出したり、表現することが、随所で求められるところです。
未来に向かって
嶋田
これからの夢を教えて下さい。
萬谷
人間らしい生活をしながら、常に新鮮な気持ちで音楽や人々と関わっていきたい。そして、年を重ねるごとに、その年齢の自分にしかできない表現をしていきたいです。
また、2022年に公益社団法人を共同設立し、翌年よりベルリンでピアノフェスティバルを主催しています。ちょうど2回目が終了したところで、現在は2025年3月の開催に向けて準備中です(クラヴィーアフェスト・ベルリン・ヴァイセンゼー https://www.klavierfest-bw.de/)。全ての年代を対象に、ピアノソロ、室内楽、子どものためのコンサート、無料のワークショップ・マスタークラスなどを企画・構成し、自身も出演しています。小さな音楽祭ですが、クラシック音楽が地域に根差していくよう、今後20年、30年と続けていくことが目下最大の目標、夢です。
嶋田
最後に、萬谷さんにとってピアノとは?
萬谷
「私の生きる世界であり、共存するパートナー」です。
嶋田
ありがとうございました。今年もさらに飛躍されることを期待しています。
記事:おおきな木通信 RMS 2012年1月号より
※インターネット掲載にあたって、一部加筆・修正されています。
萬谷衣里プロフィール
公式サイト
www.erimantani.com
公式YouTubeチャンネル
@erimantani_pf
大阪市出身。京都堀川音楽高校、東京藝術大学卒業、同大学大学院修士課程修了。ロームミュージックファンデーション、ヤマハ音楽振興会奨学生としてロストック音楽演劇大学で学び、ドイツ国家演奏家資格を取得。
2010年、イタリア・テルニで開催された第29回アレッサンドロ・カサグランデ国際ピアノコンクールで最高位を受賞。同時にコルトーの愛弟子であった故アンナローザ・タッデイ氏よりシューベルトのピアノソナタ第21番の演奏を高く評価され、シューベルト特別賞を受賞。第4回リスト国際ピアノコンクール最高位。第11回シューベルト国際ピアノコンクール、第22回ブラームス国際コンクール入賞。第16回ショパン国際ピアノコンクールディプロマ。第1回ルーマニア国際音楽コンクール第1位。
2001年、奈良市文化振興課主催による初リサイタルを開催。在学中、大阪市による若手音楽家支援事業《大阪AIS》の最年少選抜アーティストとして数多くの演奏会に出演。2009年、いずみホールに於けるリサイタル(大阪市・大阪AIS実行委員会主催)に対し、第30回音楽クリティック・クラブ奨励賞。2014年、京都バロックザールで行ったシューベルトの即興曲とリストのソナタを中心とした「萬谷衣里ピアノリサイタル 〜ふたりのフランツ〜」に対し、第24回青山音楽賞《音楽賞》を受賞。
これまでにポーランド・リスト協会に招かれ、ヴロツワフ・フィルハーモニーホール他にて三夜連続リサイタル。アンヌ・ケフェレック氏の推薦によりサントンジュ・ピアノフェスティバルに出演。ルーアンの音楽祭での演奏は「注目すべき若き大器 (classiquenews.com)」と絶賛される。このほかライディング、ミラノ、ベルガモ、カゼルタ、チェルボ、ブカレスト、シナイア、オイティンなど多くの国際音楽祭、コンサート・シリーズに招かれている。2017年からはハンブルク交響楽団の室内楽コンサート・シリーズにゲストとして定期的に出演(世界初演を含む)。リストフェスティバル・ライディングでの演奏がウィーンのラジオ・シュテファンスドームで放送されたほか、NDR北ドイツ放送、ラジオフランス、Rai ラジオ、Polskie Radio、NHK-FM、テレビ朝日等、内外のメディアで紹介されている。
2011年、日本ルーマニア音楽協会よりデビューアルバム「イーストサイド・ラプソディ 〜リスト&エネスク」をリリース。エネスクのピアノソナタ第3番を含む同CDは「技巧とともに感性の鋭敏さが伝わってくる好選曲であり、表現力、イメージの喚起力の強さがつぶさに感じ取れる。邦人には珍しいくらい独自の個性の持ち主(レコード芸術)」と評された。2017年にドイツMDGレーベルよりセカンドアルバム「ドメニコ・スカルラッティ ソナタ集」をワールドワイドリリース。France Musique、レコード芸術、音楽現代誌等、各国メディアで取り上げられ高い評価を得ている。ブクステフーデからメシアンまでの幅広いレパートリーは、萬谷のYouTubeチャンネルで視聴することができる。
これまでにピアノを横井悦子、大橋邦康、野島洋子、宮崎剛、中田元子、福井尚子、角野裕、ベルント・ツァックの各氏に、歌曲伴奏をコンラート・リヒター氏に師事。ウラディーミル・アシュケナージ、イェルク・デムス、アレクサンダー・イエンナー、アルヌルフ・フォン・アルニム各氏の薫陶を受ける。
2007年よりロストック音楽演劇大学ピアノ科非常勤講師。2022年、公益社団法人『Klavierfest Berlin-Weißensee e.V.』を共同設立。2023年より同団体が主催する国際ピアノフェスティバル『クラヴィーアフェスト・ベルリン・ヴァイセンゼー』の芸術監督を務める。ベルリン在住。